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家を買った時のこと

2016/06/27
先日、ボイスの話題から自分の気持ちがよみがえったことがあった。

私は、母と住むために家を買った。
母を幸せにしたかった。

衝撃だった。


ずっと、義務感から母と同居したと思っていた。
長女なんだから親の面倒を見るのが当たり前だと言われて育ったら、そうなるでしょうって。
当たり前だと思いこんでいたから、何の疑問も持っていなかった。

でも思い出したのは、母と住むために家を買ったということ。
しかも、私が望んだ。


家を買ったのは、結婚して4年目くらい。
結婚して、旦那と一戸建ての貸家を借りて、二人暮らしをした。
その後、長女妊娠を機に、旦那の実家に入った。

旦那の家に入って、普通の家族を知った時、自分が育った家庭との違いを目の当たりにした。

お義父さんとお義母さんの仲の良さ
兄弟も仲がいい
誰も人のせいにしない
私がやるから、いいよいいよという

切なかった。

私が育った家庭ではこうだった。
あんたがこうだから、こんなひどいことが起きるんだ
人のせいにして罪を作り上げる
なんで私がやらなきゃいけないの
面倒くさい


大違いだった。

自分が育った家庭とのあまりの違いに居心地が悪い。
母は一人でかわいそうだ。
自分だけが幸せになることはできない。
旦那は二男だ、私たちが同居していたら長男が帰ってこなくなる。
お義父さんもお義母さんも、長男が同居するのを望んでいる。
自分で正当性を作り上げ、旦那を従え、旦那の実家を出た。

落ち着いた人間関係には違和感を感じ、自分だけ足抜けすることに罪悪感を持ち、周りを巻き込んでわが道を突き進んだ。

同居したことを悔やみながら、仕方なかったと自分を納得させる言い訳をし続けて、ここまで来てしまったのだけれど、今思えば、私が母と一緒に住みたかったのだ。



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23:48 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)

白いご飯

2016/06/04
話していて、朝ごはんの話題で、意識がポーンと飛んだ。
目の前には、子どもの頃の食卓が浮かんできた。
父が座って、テレビの方を向いている。
父の前には、大根おろしが乗った卵焼き。ごはんと味噌汁。
父の定番の朝ごはんのだけれど、自分が父と同じ朝ごはんを食べた記憶はない。
父は、私たちが学校へ行く時間にはいつもまだ寝ていたから、夏休みや冬休みに目にした光景なんだろう。
父が起きると、母は卵焼きを作り始める。
台所には、味噌汁の入った鍋がいつもあった。
グラグラと煮立てて、まずい味噌汁。
食べないで行った記憶もないから、もしかしたらご飯だけ食べていた?という気がしないでもない。

この映像を思い出した後、高校のお弁当の時間を思い出した。
何人かで集まって食べていた。
この頃、みんな、お弁当箱の蓋を立てて隠して食べていた。
それが救いだった。
お弁当を見られないで済むからだ。

高校の時、学校へ持っていくお弁当を母から作ってもらったことはなかった。
二つ下の妹と一緒に作っていた気がする。
おかずは妹が作っていたような気がする。
買い物はどうしていたんだろう。
母がお弁当の分まで買い物してきたんだろうか。
妹が高校に入る前はどうしていたのだろう。

セッションを受け始めた時、好きな食べ物は白いご飯と言った。
うちは父と母の好みが違うから、安心して食べられるのは白いご飯だけだった、だから、白いご飯が好きなんだと思っていた。
でも、違いそうだ。
白いご飯しかなかったのかもしれない。
白いご飯が好きと思い込んでいたのは、そう思わなければ毎日を過ごせなかったからだ。
自分を慰めるための言い訳。
好きだと思い込んで、みじめな気持ちを感じないようにしたのかもしれない。





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23:51 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)

魚の思い出

2016/05/18
小さいころ、食卓に焼いた魚の切り身が並んだことがあった。
父の顔や、テーブルの感じから、たぶん、小学校低学年の頃だろう。
今思うと、父は魚嫌いのはずだから、夕食に焼き魚が出るのはちょっと不思議な感じがする。

父の切り身を見た時、私のより小さく見えた。
きっと、私のは尾の方で、父のは腹の方だったから小さかったんだろうけれど、私が大きい方を食べることに罪悪感があって、父のと取り替えなければいけないという気がした。

でも、取りかえようと口に出すことに、とても勇気が必要だった。
父の切り身をじーっと見て、目が離せなかった。
心臓がドキドキして、父の顔は見れなかった。
やっとの思いで父に話した時、泣いてしまった。

父は、笑いながら、お父さんはこれでいいのだと言った。
それを聞いて、ほっとしたような、悲しいような気持ちで、また泣いた。


それにしても、たったこれだけの事を言うことが、とても苦しくて勇気が必要だった。

自分の気持ちや考えを口に出すことへの苦しさは、子どもの頃からあった。
こんなこと言ったら怒られるかも、嫌われるかも、否定されるかも、と、頭の中で妄想が走って、言いたいことが言えなくなってしまう。


妄想と知っている今でも、苦しい。








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21:30 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)

2016/05/05
車を秋までに買い替える事にした。

思い出すと、今乗っている車を買うときは苦しかった。

駐車場でぶつけられて廃車にして、突然車を買い替える事になって、旦那から好きなの買っていいよと言われたけど、選べない。
欲しいクルマがわからない。
旦那からこれはどう?と聞かれても、どれも、これがいいとは思えなかった。

結局、旦那の知り合いの車屋さんで、展示用の新古車を勧められて、お得感から、これでいいですとなげやりな気持ちで買った。

買ってからは、走りっぷりがけっこう気に入って、結局長く乗った。

今回は、欲しい車はすぐに決まった。

今度は早めに取り替えたいから、中古にしよう。
車を替えることを決めて、しばらく、どれにしようかな〜と物色している間、ウキウキ、ワクワク。

色は絶対赤だよな〜と思っていたけど、車屋さんのオークションに、中々、赤が出ない。
最近は白でもいいか〜と、思い始めたところ。




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01:40 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

人に自分を重ねない

2016/05/03
私は、家族に怒ることはあっても、周りの人に怒りを感じることは滅多になかった。

家族に怒ってきたことも、何かを重ねて八つ当たりがほとんどのような気がする。

何かが起きても、自分だって似たようなことやっているとか、自分が責められたくないから相手のことも責めないとか、不快を感じないようにしてきた。

それと同時に、責められる人を見ると、自分を重ねてしまって、こんな理由があったんじゃないかとか、きっとこうだからこんなことしたんじゃないかとか、弁護する事も多かった。

人のしている事を見て、振り返って、自分を見る。

これが大切なのは何度も言われてきていたけれど、自分を重ねてしまっては、相手も見ていないだけでなく、不快を不快とも感じられず、責められることに怯えるだけだ。

人に自分を重ねないで、しっかり区別して、不快は不快として感じ、その上で、自分がしたことの、痛みも滑稽さも、しっかり感じていきたいと思う。


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12:15 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)
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