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女のこらしさから男勝りへ

2011/02/25
小さい頃の思い出で、良く覚えているのは、幼稚園くらいの時のクリスマスの事です。

玄関でごとごとという音がしたので見に行くと、プレゼントが置いてありました。
サンタクロースがきたんだ!
びっくりしました。

開けてみると、ピンクのネグリジェでした。
裾にフリルがついていて、とてもかわいいものでした。
妹と二人で大喜びした記憶があります。
お姫様になったような気分でした。

ちょっと不思議なのが、この時の事を思い出す時
私の視線は、上から自分を見ている感じなのです。
玄関に行くところ、箱を開けて喜ぶところ・・・
天井あたりから眺めているような感じです。

この時のうれしかった気持ちを、子どもたちにも味あわせたくて
我が家のサンタクロースも、ケーキを食べ終わった頃に、インターホンを「ピンポーン」とならし、玄関にプレゼントを置いていくことになったのでした。


小学校に入った頃までは、私も女の子らしい服装、髪型が好きだったようです。
プールの授業が始まるまでは、髪も伸ばしていて、毎日結んでいました。
プールが始まるから切って欲しいと先生から言われた時も、パパが長い髪が好きだから絶対に切らない、と、話したそうです。

私の自己像は、男勝り。
小さい頃の自分の好みと随分変わりました。
どこが、ターニングポイントだったんだろう・・・


私は三人姉妹の長女なのですが、1年生になった7月に一番下の妹が生まれました。
妹が生まれる前、父は、男の子が欲しい、男の子じゃなかったら川に流すと話していました。
もちろん冗談ですが、間に受けていたのかも知れません。
父を説得したようで、出産して入院している母に
「パパ、赤ちゃんを川に流さないって言ってたから赤ちゃんを連れてきても大丈夫だよ」と話したそうです。

その妹を
「私がしっかり育てなければ」と、真剣に思ったのを覚えています。

小さい頃の母のイメージは、頼りない人。
妹が生まれた時、自分がしっかりしなければと思ったのは、そんな母に任せておけないという気持ちがあったような気がします。
今思うと、小学1年生にしては、力が入って子どもらしくないなと思います。

妹が生まれてひと月後、父が事故にあいました。

ますます、私がしっかりしなければ・・・という思いは強くなったのでしょう・・・
この頃から、男勝りの私に変身したのかもしれません。
もしかして、母の代わりだけでなく、父の変わりまでするつもりだったのかもしれません。
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21:18 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)

連鎖

2011/02/22
きんたろうさんのセッションで、大きな発見がありました。

それは、

被害者意識=他虐的
加害者意識=自虐的

と、いうこと。

きんたろうさんがそう話したとき、え?逆じゃない?と一瞬思いました。
何度か聞き返して、少しずつわかってきました。

私は夫と母には、被害者意識を感じています。
アンテナは夫と母に向いていて、相手の配列を感じとり自分を抑圧していました。
逆配列ですね。
そして、こんなに苦しいのはあなた達のせいよ!と怒りを憶えます。

子ども達には加害者意識を感じています。
私の配列を押し付け、身動きを取れないようにしてしまいました。
子ども達をこんなに苦しめているのは私だと言う気持ちが強く、自分を責めています。


母には被害者意識、子ども達には加害者意識。
そして、これがまさに連鎖だと・・・・



そして、今朝の話です。

母は踊りをずっと習っています。
ボランティアで、老人施設を訪問したり、演芸会で発表したりしています。

今朝、母が私に、
「今日の踊りの練習は休む」と言ってきました。

「ええ~?なんで~?」

「いつも一緒に車に乗せてくれる人が休みだし、頭も痛いから」

「歩いて行きたくないなら、タクシーで行けばいいじゃない」

「タクシーで行くなんて、そんなのもったいないよ。」

「たまにいいじゃない。いつもタクシーを使うわけじゃないんだから。
いつも人をあてにしてたら、何もできないでしょ。
それにね、続けて練習していないと動けなくなるんだよ。
家にばっかりいるんだから。
意識して外に出ないとね、出るのだってすぐ億劫になるでしょ!」

話しているうちに、むかむかして、声には怒気が溢れ、自分でもまずい!と感じていましたが、止まりません。

私と母の会話を聞いているアリスが気になりました。
思いやりのかけらもない会話。
嫌だろうな・・・
母に向かって発した言葉は、まるでアリスに向けているみたい・・・


なんで、母が踊りの練習を休むといったぐらいで、こんなに怒りが湧いてくるのでしょう。
母はただ休みたかっただけかもしれないのに・・・

母が休む事を聞いた時の私の心の中は、
送って行ってくれる人が休むから自分も休むなんて、おかしい。
好きでやっている踊りなのに、人をあてにしてはいけない。
こんなときぐらい自力で行けばいいのに。
頭が痛いなんて、いつも言ってる事じゃないの。
相手の人が休むたびに母が休むと思ったら、相手だって自由に休めなくなる。
相手が母の踊りの練習に、責任を感じてしまう。

母が踊りを休む事を、他人のせいにしていると感じていることから、怒りが湧いてきているのだとわかりました。
母はそう思っているわけではなかったのでしょうが
私は、まるで、私が責任を押し付けられているかのように感じてしまっていました。

私のせいにしないで!

それがこんなに怒りが湧く理由でした。

自分が責められているのではないにも関わらず
まるっきり被害者意識で、母を攻撃していました。


母への怒りと同時に、私の配列も感じました。

自分の事は自分でやらなければいけない
誰も頼ってはいけない
些細なことで休んではいけない

逆配列から、自分の配列を生み出していることを感じます。

母に向かって話した言葉やその奥の気持ちは、そのやり取りを聞かされているアリスを縛りつけるもの。
今朝の出来事だけでなく、今までも、私と母のいさかいから、アリスはいろんな縛りを感じていたのだろうと思います。


これが我が家の連鎖なんだと、はっきり自覚した出来事でした。

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21:12 自分 | コメント(2) | トラックバック(0)

自分を立て直す

2011/02/19
アリスとドライブに出かけました。
アリスが外出するのは、しばらくぶりです。

冬になる前は、みんなが寝静まってから散歩に行ったりしていたそうですが
冬になり雪が積もってからは、どこにも行けなくなったと残念がっていました。

「本当は散歩に出たいんだけど、夜、真っ暗で怖いんだよね~。
滑るし。歩きたいんだけどね~」

日中出歩くことができないアリスにとって、夜の散歩は貴重な時間なのだそうです。

昨夜は、深夜1時過ぎに家を出て、1時間ほど市内を行ったり来たりして、駅に行き写真を撮りました。
誰もいない駅に明りが煌々と点いていて、とてもきれいでした。

車の中で、いろいろと話をしました。

「アリスは小学校から帰る時、よく探検していたよね~。
お母さんの知らない小さな道を知ってたね。」

「そうそう、知らない道を通っても、必ずどこかに繋がってるんだよね~。
面白かったぁ・・・」

「学校から帰ると、いつも工作してたよね~。
何かを作るのが好きなのは、お父さんに似たんだね」

「小さい頃は、無邪気に楽しかったなぁ。
もう、あの頃のように、ただ楽しいっていう気持ちになれないんだよね・・・
大きくなったからなのかな・・・」

「そうだね~。
アリスは、学校に行ってないからね~。
家にだけいるから、発散ができないんだと思うよ~。
こうやってドライブでもして、気分転換できればいいね~」

そう返事をしたときに、ふっと気がつきました。

アリスの気持ちをもっと引き出すように、話せば良かった。。
アリスが漠然とした不安を出してきているのに、それを簡単に結論づけて、向き合う事を避けている自分を感じました。

学校へ行けないから不安になっているのではないんです。
不安を持っているから、学校へ行けないし、日中外へ出かけられない。
それを、不安は学校へ行けないからだとすり替えて、アリスに返してしまいました。

アリスの感じている漠然とした不安は、手にとるようにわかります。
私が不安を分別できずに呑み込まれたように、アリスも掴みどころのない思いに呑み込まれ、身動きができなくなっているのでしょう。
その感覚を受け止めてあげなければ、アリスはいつまでも1人で苦しみ続ける・・
私のように。

それなのに、瞬間にそらしてしまった。
私は、アリスに今のままでいてもらいたいのかもしれない。

アリスの不安を、表にさらしたくない。
不安に気づいたら、今のように穏やかでいられなくなるかもしれない。
アリスが不安定になったら、どう接していいかわからない。
アリスが不安定になるのが怖い。
アリスが不安定になると、私まで苦しくなる。

私はアリスが不安定になるのが怖いんです。
それは、自分に軸がないから。
アリスが揺れると、私も揺れる。

私の軸は、アリスに移るだけでなく、その時々で、家族に移っていきます。
母が不安になればとたんに母に軸が移り、母の不安に呑み込まれてイライラ・・・
夫に軸が移り、夫のイライラが私に乗り移る。

自分に軸がないから、いつも家族の状態に左右される。
そして、私を安定させて!とばかりに、家族に詰め寄る。
こんなことをずっと繰り返してきたように思います。

自分に軸を置こうとしないから、自分をないがしろにし、自分のために楽しむこともありませんでした。
それは、しっかりとアリスに伝わってしまいました。
アリスは、表面的には穏やかにしていますが
内面では自分自身をどう扱っていいか混乱しているのだと思います。
それが、生活リズムを自分でコントロールできない状態にさせているのでしょう。

私は最近少しずつ、安心感を感じられるようになってきました。
不安になった時、不安に呑み込まれそうになっても
どこかで、不安=私ではないことを感じられるようになりました。

「自分の喜びを知らない人は、喜びを誰にも伝えられないよ。」
きんたろうさんの言葉です。

今、私が自分の中に感じ始めた安心感を、しっかりとアリスに伝えられるように、
自分の喜びを感じ、アリスに喜びを伝えられるように
自分を立て直して行きたいと、強く思います。

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16:53 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

監視?

2011/02/17
なんだかもやもやして、全く考えがまとまりません(´゚д゚`)
いろんな言葉が浮かんでは消え、つかめません・・・

アリスは今週、パソコンの前から離れません。
こんなにパソコンにかじりついているのは、久しぶりです。
コタツの上にディスプレイとキーボードを置けるようにしたら
とたんに占領してしまって、一日中画面を眺めています。
時々ipodをいじりながら、動画を見たり、何かを調べてノートに書き込んだりしています。

今までは、画面に向かっていると周りに背を向ける格好になるので
自分から家族が見えませんでした。
今はパソコンに向かっていても、部屋が見渡せます。

もしかして、私達を監視しているのかな・・・
私達が、何をしているのか。
私達の意識がどこに向いているのか。
それをチェックしながら、パソコンに向かっているような気がします。

誰かが後ろを通る時には、背後に意識を集中させるのがわかります。
自分がパソコンで何をしているのか、見られたくない気持ちもあるのでしょう。

私も、自分がブログを書いていることを家族には教えていません。
アリスと同じです。

自分を開示できない。
それがこんなところにも表れています(´-д-)-3

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00:25 二女 | コメント(0) | トラックバック(0)

子ども時代を振り返ってみる

2011/02/13
きんたろうさんとのやりとりで、楽しいとはどんな気持ちだったか思い出しました。
自分にも遊びの部分があったことを感じられて、嬉しかった~(*^-^*)
そして、りんりんさんのセッションで、その気持ちをわかってもらって
ますますテンションがあがりました。
今日は少し現実に戻ってきて(笑)いつものテンションに戻りました。
誰かと交流して味わう楽しさを、アリスにも味あわせてやりたいなぁ。
ユーモアのセンスを磨きたい!


ジャスミンが生まれたとき、自分が育てられたように育てたいと思いました。
出来ることは何でもやって、手をかけました。
自分では特別なことをしているつもりは全然ありませんでしたが
どうしたらそこまで出来るの?
よく、友達からそう言われました。

今、自分の子ども時代を振り返ると
父が交通事故にあって、よその家に預けられたり
ノイローゼになって、強迫観念に苛まれたり・・・・
大変な子ども時代だったと思います。

父の交通事故の後から、生活が一変。
長い入院とリハビリの日々。
相手からの補償がなく、裁判も起こしたようでした。
結局、たいした慰謝料もないまま会社を退職、父の実家の近くに引越しました。
そして自営を始め、忙しく余裕のない日々。
子どもの気持ちを思いやる余裕は無かったのでしょう。

それでも、どうして自分と同じように育てたいと思ったのか・・・
なぜ?
じっくり見つめてみたいと思います。
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23:31 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)
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