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見捨てられ不安

2011/12/26
前々回のセッションで、分岐点に来ているときんたろうさんに告げられ
変わるも変わらないも自分しだいだと言われました。

その言葉は、私の中では、

「また見捨てられた」

と変換されました。

その時、その思いはいつものように逃してしまったようでした。
逃してもなくなるはずもなく、
次の日今までにないほどの不安に襲われました。

りんりんさんにSOSをして、
その不安は、見捨てられ不安なのだと実感しました。

きんたろうさんに子どもの頃の母への気持ちを重ねてしまっていました。

子どもの頃の私は母に従順で、何でも母に伺いをたてていました。

おやつを食べていい?
トイレに行っていい?
あれをしていい?
これをしていい?

細かな事まで母に聞いていたと、母が笑い話にしていたのを思い出しました。

母が思う事は自分もそう思うのだと、何の疑問も感じないようになっていました。

セッションの時の私は、いつからか、子ども時代を再現してしまっていたのでしょう。

意に添って、いい子でいなければならない。
本来の自分を出さずに、自分で感じることをせず、逃し続ける。

いくらきんたろうさんに「感情を隠している」と言われても
なぜそうなってしまうのか、
どうして自分を出せないのか
感じることすらできませんでした。


きんたろうさんに感じた、「また見捨てられた」という気持ち。
それは母に見捨てられたと感じた感覚がフラッシュバックしたものだったのでしょう。
この気持があることがはっきりわかってから
いわれのない不安を感じることが少なくなりました。

見捨てられ不安は、きんたろうさんに感じるだけでなく
日常のあらゆる人間関係の現れています。

人に近寄らない
自分より上だと感じる人に、必要以上に従順になる

こんな私の癖は
見捨てられると感じることを避けるためにできたのでしょう。

そして今、母に怒りを感じるのは
見捨てられたと感じさせる母へ復讐をしたいのだと思います。

自分が苦しむ姿を母に見せつけることで
母へ復讐しているつもりになっていたのだと思います。

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15:06 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

二つの声

2011/12/04
職場のお掃除のおばちゃんが

「ロッカーに紙袋が数日放置されているから見てほしい」と言ってきました。

一緒にロッカーの前まで行くと

「何が入っているかわからないから怖い。
 開けてみてくれませんか。」

そう言って、後ずさりしたのです。
(このおばちゃんは普段からかなりの怖がり)

瞬間的に、ムカ~っとしました。

自分が怖いと思うものを私に開けろって言うの~!
自分が無事なら、私はどうでもいいのか!

とてもないがしろにされた感じがして、腹が立ちました。
それと同時に、

こんなことぐらいで怒るなんて、みっともない!
恥ずかしいと思いなさい!

こんな自分を非難する声も浮かんできました。

紙袋の中身は、特になんでもないものだったんですが
それがわかると、余計腹が立ってきました。

こんなものぐらい怖がってどうするの~
何でもかんでも怖がらないでよ~
自分だけ楽しようとしてさ~

それでも、例によって、表面的にはにこやかに

「怖がらなくても大丈夫だよ~。
 何が入ってるかわからないと怖いよね~。」

そう返しました。

心の中では、

(全然そう思ってないくせに。だから違和感だらけなんだよ)


おばちゃんを非難する声と、その思いを持つ自分を非難する声。
二つの声が同時に浮かんでくるんだな~と気が付きました。



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19:58 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)
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