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リハビリ

2013/05/31
先日のトリプルの最中に、上の娘から電話がありました。
電話に出てみると、家族の夢を見たと言っていたので
セッションが終わってから、かけなおして、夢の話を聞いてみました。


事件に巻き込まれて、犯人に家族が捕まってしまった
家族を助けたければ、お母さんの手足を切り落とせって、
犯人から日本刀を渡された。
助けるために仕方ないと思って、お母さんの手足を切り落としたの
犯人は、オタオタして、すぐに捕まったのね。
私は、お母さんの手足を切ったショックで気を失って
気が付いたら病院で、お父さんがそばにいた。
お母さんのことが気になって、どうなった?とお父さんに聞いたら、
お母さんは手足を失って、もうパソコンもできないし、携帯もいじれない
どうしようもないって言ってね
もう、うわ~(;´Д`)ってなった
でもね、しばらくしたら、お母さんリハビリ頑張って
手足がなくても、少しづつ動けるようになったの
それでまたうわ~(;´Д`)ってなった
そこで目が覚めて、もう、まくらがびしょびしょだった~

上の娘は、泣くような夢を見ると電話をかけてきます。
この夢の話を聞いて
娘の、追いつめられて逃げ場がない感じや罪悪感を
苦しいほど感じました。


選択の余地がない状況で、究極の選択をさせ
選択したことで罪悪感を感じさせる
かわいそうな姿を見せつけて、子どもを自分に縛り付ける
これが私が娘たちにやってきたことでした。

お母さんはかわいそう
かわいそうなのは、私のせいなんだ
夢を聞いて、娘がこんなふうに思っていることが伝わってきます。

これは、子どもを産むまで私が母に感じていたことでもあります。
母はかわいそうな人なんだ、
だから私がそばにいて守らなくてはいけないと、ずっと思っていました。
そう思っていても、母は不幸にひたっている
罪悪感と不全感が膨らんでいく・・・

子どもを産んでからは、母に憎しみを感じて
思い知らせたい気持ちがあふれた状態で生きてきました。
そして、あれだけ母と同じにはなりたくないと思っていたのに
同じことを娘たちにやってきたという事実。
それを娘の口から聞いたことが衝撃でした。


最近、自分を緩ませる感覚がわかってきて、
それとともに、自分がどんなふうに娘たちを封じ込めてきたのか
わかるようになってきました。
身動きが軽く感じられることも多くなってきました。
上の娘は、それも感じてくれているのかもしれません。

お母さん、リハビリ頑張るからね
もっともっと動けるようになるからね
待っててね



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00:29 長女 | コメント(0) | トラックバック(0)

暴走特急

2013/05/03
きんたろうさんから、あなここの暴走特急と言われて苦笑しました。

フラッシュバックすると、たまったものを出さずにいられない
しかも、フラッシュバックしている事に気が付いていないことも多々ありで
フラッシュバックのきっかけになった出来事の不快を訴え
不快をまき散らしながら蘇った出来事までたどり着くという
非常に迷惑なことをして来ました

後から気が付いて、とても恥ずかしい~
ごめんなさい~という気持ちになります

過去に戻っているときは自分の中に人の存在はなくて
自分の不幸に浸っています

自分の不幸で、人の不幸が見えていないと
以前からセッションでも言われていましたが
悲しかった思い出を聞いていても
なんでそれが悲しいの?
そう思うことが、今までも多々ありました

それが悲しいことなのか・・・
悲しい気持ちがわかりませんでした

話を聞きながら
私はそんなことしてもらえなかった
こんな気持ちが心の中に浮かんでいました

話を聞いているようでいて、心は自分の不幸を感じていて
自分が満たされなかったままで人の話を聞いていても
相手の悲しみはわからない

人の気持ちを感じられるようになるためには
言えなかった気持ち
悲しかった、怖かった、寂しかったが
言えるようになる

言えるようになるためには
楽しい、うれしいを積み重ねて
自分を緩めて、心を自由にしていく

まずは、好きなものを見つけることが大事と
いつも言ってもらっていることが
よくわかりました


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09:31 セッション | コメント(0) | トラックバック(0)

Y子の息子

2013/05/01
東京に住む友人Y子が亡くなって、火葬に行ってきました。
Y子の遺志で葬儀は行われず、火葬もお経をあげることもなく
Y子の夫と息子と娘、Y子の兄と息子二人、私たち夫婦
一緒に行った友人二人の10人で見送ってきました。

Y子とは小学校から高校まで一緒で、中学と高校では部活も一緒
結婚してからも、Y子が体調を崩した数年前までは
家族ぐるみの付き合いをしてきました。

Y子は結婚当初からDVを受けていて、一度離婚してまた同じ夫と再婚、
2年前からは再び別居していました。
何か問題が起こるたび、Y子から電話で聞いていましたが
Y子は息子が大きくなるにつれ、息子に夫とのことを相談していて
私はそのことがずっと引っかかっていました。
子どもにそんなことを相談するなんてありえない
言葉に出すことはありませんでしたが、批判的な目でY子を見ていました。

Y子の死で、久しぶりに成長したY子の息子に会いました。
Y子の様子を話す息子の言葉から、
Y子が夫や親の代わりに息子を支えにしてきたことを感じました。
息子もY子を必死で支えてきたんだろうと思います。

衰弱していく母を見る息子は、どんなにか不安だったろう。
それは、自分が小さい頃、母に向けた気持ちと重なるものでした。

お母さんは目が見えなくなるかもしれない
お母さんはこのままでは、死んでしまうかもしれない
不安定になり体調を崩すたび、母が不安を吐き出しました

思い出すのは、夜中に何度も起きて、母の無事を確かめていたこと
下の居間にいて内職をしている母の姿を
階段の途中、母から見えないところまで降りて、隠れて見ていました
私が見ていないと、母が死ぬんではないか
寝ている間に、悪いことが起きるのではないか
それは世界が崩れ落ちるような恐怖でした
そう思った気持ちがよみがえってきて、Y子の息子に重なりました



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00:13 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)
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