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14.8.21 縦割りセッション 振り返り

2014/08/23
子どもの頃感じた恐怖感と、今感じる恐怖感が変わっていない
その時の気持ちと今の感覚をつなげないと、怯えから解放されない
子どもたちもその呪縛に巻き込まれている

子どもの言動に動じないのが子どもにとっての安全基地
子どもが揺さぶってくるのは、本当の不満を見つけてほしいから

子どもが何かをしたときに、できたことだけでなくどこが苦しかったのか、
そのプロセスをきっちり意識させることが現実を生きること

自分が苦しんでいるところは、自分と人は違うということ
これが不快だった、これが快だったと言えない状態は、
過保護・過干渉も虐待も一緒
自分の快、不快を言えない場所を作ることが問題
ACは快、不快を言わないことが当たり前になっている
言えない人が大人になって子どもを育てている
危機感だけが羅針盤
どうやって生き延びていくかということだけが指針になって、
身の危険と感じることは子どもにやらせてはいけないというところから
過保護過干渉が生まれる
それを自分がどういうふうに子どもにやってきたのかが分からないと、
また同じことをやってしまう。

プロセスを忘れ、なかったことにしているうちは
子どもや人を巻き込んでいくシステムは消えない
消すためには何をやっていったらいいか

快と不快をわける

自分の不幸のシステムによって記憶が無くなっていく
今話していることをないがしろにして、常に過去にいて、
誰の話も聞けない状態になる
その状態が最悪

プロセスを憶えていられる人だけが罪悪感を持つ
憶えていられる人間だけが人に思いやりのある人間になれる
思いやりが伝わって子どもが変わっていく

表の配列 自分の不幸
裏の配列 我慢を繰り返してきたもの
     自分でロックをかけて楽しい記憶を入れないようにしている

何のために分けるのか
  好きと嫌いを同じ重さにすること
  好きと言っても嫌いと言っても負荷がかからない状態になるため

好きな食べ物と安全な食べ物は違う
食べ続けることでわかる

子どもなら親を許すという決意がなければ近くにはいれない

親を守っている感覚(麻痺している状態)
  ↓
麻痺を元に戻して、悔しい、悲しいを感じる
  ↓
この時点で親を許せるのか考える

子どもがいつか怒りを持つ時
自分がこのプロセスをみれる人間になっていないと
子どもは荒れていく

生まれつきではないのに、生まれつき障害があったように育てられ
手がない足がないのに、その障害が感じられないのがAC

当たり前の人間が当たり前にする抵抗もしないで、
自分で収めてしまうのがおかしい
子どもも同じ
当たり前の事が当たり前に言ということができない人間を
作ってしまった自分の罪

自分が本当に何が好きなのか
味覚的な違和感さえ越えられなければ先に進むことができない
体裁だけで終わるのか、本当に見つけようとするのか、大きく違う
あなここをやめない理由は本当のことを見つけてほしい
子どもにもそれをやってやる
その前に自分の気持ちを確かめる
嘘が入ってくるからやっかい

疑心
いったん信じたものを、求めていく方向性と、疑っていく方向性に分かれていく

卵焼き
家族が食らいつく卵焼きを作る
作る前に卵焼きをいろんな種類買ってみて、
自分の好みを決めてから作ってみる

家庭は、良い兆しがなければどんどん悪くなる
どれくらいの人に興味がもてるのか
もてなければ、ずっと子どもの苦しみは続く
どれくらいの人とキャッチボールができるのかが力量
人を求める気持ちのない人を変えることはできない




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プールとシフォンケーキ

2014/08/15
「おかあ、今日ね、さっちゃんね、プールで水に顔をつけられたんだよ
それでね、先生が、おかあに電話してもいいって言ったんだよ」

下の娘が小学校1年の時、私の携帯電話の伝言メモに入れたことば。
水に顔をつけられたことがうれしくてうれしくて、それを伝えたいという気持。
ふっと思い出して、古い携帯に音声が残っていないか探してみたけど
見つけられませんでした。


今、娘はシフォンケーキ作りにはまっています。
レシピを変えながら、4回目で納得のいくケーキが焼けて
満足そうな顔をしていました。

「初めて食べたとき、こんなにおいしいものがあるのかって思ったよ」

娘が初めてシフォンケーキを食べたのは、小学校低学年の時。
学区内にある科学館の喫茶店で、友達と一緒に食べたのが最初でした。
それから、科学館に行く時にはケーキ代の500円を握って行くようになりました。
私も、娘が「美味しかった~」と言っていたのを思いだしました。

「誰と食べたんだろうね~」
「よく子どもだけで入れたよね」
「最初は、誰かのお母さんも一緒だったのかもしれないな」

まだ思い出せてはいないけど、そこには誰かがいるはず。
シフォンケーキへの思い入れから、とても大切な思い出なんだと思う。
その感触を味わうために、シフォンケーキを焼いているんでしょう。

当時の私が、子どもだけで喫茶店に入ってケーキを食べるということを許したのも驚きの一つで、それだけ、娘がシフォンケーキに感動したのが伝わって来ていたんだろうと思う。
娘にとってのシフォンケーキは、許されたものだったのだと思う。

娘がシフォンケーキを焼くのはたいてい夜。
ボイスが終わって居間におりると
「おかあ、もう寝る?
これからシフォンケーキ焼こうかな」
と、声がかかります。


共有したいんよね
科学館のシフォンケーキ、一緒に食べたかったんやない?
お母さん、このケーキ美味しいよって言いたかったんやない?

りんりんさんの言葉に、涙腺が決壊寸前になりました。

娘の気持ちを考えると切なくなります。
わかってもらえなくても、自分を制限されても
子どもにっとって親は自分の気持ちを伝えたい存在。

プールとシフォンケーキ
きっと、ほかにもまだあるはず。
一緒にたどっていきたいと思います。


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00:26 二女 | コメント(0) | トラックバック(0)

夫に無関心

2014/08/03
夫が釣りにはまっている。

釣りに行くだけでなく
釣り仲間と毎晩のように電話で話し
時々はミーティングと称してお酒を飲みに行く。
まるで学生の部活動のようだ。

釣りに行くようになったのは数年前から。
私は無関心を決め込んで
どこに釣りに行くか、誰と行くか
私から聞くことはなかった。
たまに誘われても、全然行く気も起きなかった。

今日、夫は釣り仲間と釣具屋さんへ買い物に行った。
釣り仲間の買い物に付き合うのだという。
それにちょっとイラッときた。


子どもが小さい頃、夫は毎晩友達とパチンコに行っていた。
その頃の気持ちに重なった。

家族より友達を選ぶのね
子どもの面倒も見ないで
自分だけは嬉々として遊びに行くのねと
よく夫に訴えていた

私の訴えに耳を貸さない夫に
もう知らない
あなたが何をしようと私は知らない
そう思った。

家族とか子どもとか、こじつけていたけど
私をみてよと本当は言いたかった。

夫に無関心でいることはアピール
私を見ないことへのやり返しだ。


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22:28 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)
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