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自分の嫌を振りまいただけ

2016/02/28
法事の事での怒りは、我ながら過剰反応しすぎ。
怒りの衝動に突き動かされてしまった。

この母のやり方、なんやかんやと理由をつけて正当化し、自分がやりたくない事を私にやらせるという事は、子どもの頃から何度もあった。

遅れてため込んだ家賃を大家さんに払いに行かされた時だってそうだった。
行くのはとても嫌だった。
嫌だと言っても、
お前が持って行くのが一番いいんだ、子どもなら嫌なことは言われない、払いに行かなければ家族全員が困ったことになる。
半ギレ状態でこんなこと言われたら、行かない選択はできなかった。

借金取りからの電話に出て親はいないと嘘をつくこと、、あの時も、この時も、、、
思い出せば、こういうのはパターン化していて、嫌だけれど私がやらなければどうにもならないという義務感が身についていた。
それが嫌で嫌でたまらなかった。

母にとっては、自分が嫌なことを私に肩代わりさせることは、当たり前のこと。
親が困っている時に子どもが助けるのは当たり前のことなのだ。
母が、自分がしていることが理不尽だと思う日は来るはずがない。


そして、フラバして過去を再現しているのは私。
これは、きんたろうさんからもりんりんさんからも、何度も言われていることで、フラバして過去に飛ぶから現実にとどまれない。

法事の花がどうの、お菓子がどうの、そんなことは、母から言われたのでなければ、別に簡単に済む事だ。
どうでもいいことなのに、過去に飛んで、家庭の空気を緊迫させた。
子どもから見たら、嫌悪感を振りまかれているだけ。
怒りを爆発させた事は、自分の嫌を振りまいただけで、母のしている事となんら変わりはなかった。




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01:40 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

寄るな、触るな、近づくな

2016/02/26
しばらくぶりに母にぶちギレた。

事の発端は、父の27回忌の法事の事。

自分の思い通りに進めたいがために、やらなければならない直前まで放置して、私を動かそうとする。

お寺への連絡、持っていくお供えや花、一つ一つに、何でそうわざわざ面倒なことをしたいのかと腹が立つ。

自分の好きなようにしたかったら、自分でやって。
私にやってほしかったら、面倒なことはごめんだ。

私に、寄るな、触るな、近づくな。
嫌悪感でいっぱい。


どうにも治まらない気持ちは、聞いてもらって笑い飛ばしたいと思っていたけれど、どうもそううまくは行かないようだ。

自分が何に腹が立ったのかと考えてみると、私を見ていない、自分のことしか考えていない、これに尽きる。

求めないつもりで、まだまだ母に求めている。


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06:48 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

無感覚

2016/02/22
子どもの頃、友達の家に行ったり、友達が家に来たりしたことがほぼなかった。
それは寂しかったやろう~とりんりんさんから言われ、それを不思議とも思わず今まで来たことが、本当に変だと思う。気が付きたくなかったのかもしれない。

寂しいと言うキーワードで浮かんでくるのは、寂しさを感じてもおかしくない場面で何も感じていないことだ。


小学4年生になる時に、父親が会社を辞め、父親の実家がある現在の地に引っ越し、転校した。

それまで通っていたそろばん教室の先生に引っ越すことを話したら、同じ地名がすごく遠いところにもあると聞かされて、とてもがっかりした。
自分では遠くに引っ越すことが特別なことのようだったのに、なんだ近い方だったのかとケチをつけられた気分だった。

引っ越し、転校することで友達と別れることになったのだけれども、寂しいとか悲しいとか思ったはずなのに覚えていない。
逆に、特別感でウキウキしている気配すら感じる。 


さらにその前の、小学1年生の時の記憶。

ちょっと曖昧な記憶だけれど、父親が交通事故にあって、私たち(すぐ下の妹と私)を、母親の実家へ預けようという話を聞いたのだろう、私は張り切って担任に転校すると話し、お別れ会までしてもらった。

転校することになった、みんなさよなら~と黒板の前であいさつした。
突然の転校騒動で、その時持っているものの中からプレゼントをくれた子もいた。

この時も、張り切っていたのは覚えているけれど、寂しいという気持ちが出てこない。
もの心ついてから母の実家へ行ったことなどなくて、ほとんど知らないところへ子どもだけで行かされると思うと、相当不安になるだろうと思うのだけれど、まったく記憶にない。


結局、父親の友人に預けられて転校しなかったから、次に学校へ行くのがどれだけ気まずかっただろうと思うけれど、その記憶もない。
この時は、1ヶ月後不審な行動をとるようになり、情緒不安定ということで家に戻された。


そして、杉乃井オフ会の時。
飛行機に乗るウキウキ感で不安を覆い隠した。

同じことを、今でも繰り返していた。






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02:12 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

娘の頑張りと私の妄想を区別すること

2016/02/20
娘がレポートをガンガンやっていると、私に怯えが入る。

無理してるんじゃないか(私のように)
そんなに張りつめていたら、持たないんじゃないか(私のように)

私のようにと思うところは、私の妄想。
娘のしていることに自分のフラバをのせているだけ。


私が無駄に怯えて頑張った理由は、親や妹のためという大義名分
本当の所は、自分が揺れないためだった
親のために、妹のために、というのはいい子のふり
エネルギーも無駄につかい、お金も無駄にした
そうして自分で作り上げた役目を果たすことで
自分の居場所が欲しかっただけ


娘と私は全然違う。
私は無駄に怯えて頑張った。

娘は自分のために、前に進むために、頑張っている。

私の怯えを娘に乗せて、娘の邪魔をしてはいけない。



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00:59 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)

今の自分

2016/02/13
見てもらいたかったのに、見てもらえなかった。
見てもらえない自分を見たくなかった。
だから、見て欲しいと言えなくなった。
言えないから、見てもらえないことが怖くなった。
そして、無感覚になった。
見て欲しいという本心を隠したまま、無感覚になった。

本心は見て欲しい。
見てもらうための技を覚えた。
本心を隠したまま、無自覚に技を使う。

やっていることを見たら、本心が見える。
本心に気がつかないのは当の本人だけ。

これを滑稽と言わず何という~。
わかった時の恥ずかしさ。
これも含めて、今の自分。



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15:15 自分 | コメント(0) | トラックバック(0)
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