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自分の不遇にうっとり

2013/12/22
2週間前に、旦那が酔って転んで、右肩を脱臼骨折しました。

一緒に飲んでいた人に家まで送ってきてもらった時は、旦那は泥酔していて
ひとりで立つこともできずに、右肩が痛いと言っても一人で座っていることもできなくて、救急車を呼びました。

救急車が来るまでの間、私の頭の中は

保険証は持ったか
このまま入院になるかもしれないから、私は自分の車で行かなければ着替えを取りに戻るのが大変だ
明日の出張は誰か代わりに行ってもらわくてはいけない。

そんなことがぐるぐる回っていました。

旦那のことが心配とか
旦那が怪我して不安だとか
そういう思いは全然浮かばず、
病院について、りんりんさんにびっくりした~とメールをした時に
ああ、私びっくりしてたんだと気がついたくらい、自分の感情を感じていませんでした。

自分がどう動くか
それだけに意識が集中していました。

パニックになった時、こうして感情を感じないようにしているパターンは、子供の頃からやっていました。

旦那は幸いなことに、脱臼を整復したときに骨折箇所もうまい具合に収まるべきところに収まって、入院せずに家に帰ってきました。

それから2週間
旦那が右肩が不自由で、それまで手伝ってくれた家事も頼めなくなったし、お風呂も一人では入れないので一緒に入ったりして、自分の時間がなくなったと感じていました。

それまでは、お風呂はスマホでテレビを見たりブログを読んだりする時間だったので、貴重な時間がなくなくなった感覚でした。

セッションでその時間がない感覚は誰のせいだと思っているのかと問われたのですが、自分は頑張っていると思っているので、誰かのせいにしていると思ってはいるものの、旦那のせいにしているのか、娘のせいにしているのか、母親のせいにしているのか、はっきり答えることができませんでした。


こうやってはっきり原因を特定することを避けて、自分の不遇にうっとりすることで、憎しみと向きあわない

うっとりを正当化するために、自分が我慢して一生懸命やっていることが、子どもにとってどれほどの重荷になっているのか

きんたろうさんから聞いたことを思い出しながら書いてみて、全部を理解するのはまだ難しいけれど、うっとりしている自分がやっと見えてきました。


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