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恐怖の正体

2016/02/07
小学校低学年の頃住んでいた社宅のトイレは、ドアが外についていて、外からしか入れなかった。
そのためだろう、寝ている2階の階段上にはオマルが置いてあった。

ある日の朝、私は何かに激怒して、中身入りのオマルを階段の上から蹴飛ばした。
階段下から慌てる母の顔が見えた。

そのあとの顛末は記憶にないけれど、怒ってワザと蹴飛ばした結果に呆然とした。
その時の怒りの激しさと、怒りに任せてやった結果、取り返しのつかないことをしたかも、、、という後悔。
大人になってから、母を虐待してしまいそうな、自分が止まらない恐さに似ていた。
オマルを蹴飛ばしたにしては、すごい大袈裟さだけど。



そのドアが外のトイレはぽっとんトイレで、2歳下の妹が何度か足を踏み外して、穴から下に落ちそうになった。
私はそのことを家の中にいる母に知らせに行く。
トイレに行くことは怖くて、いつも妹と二人で一緒に行っていた。


同じ頃、お風呂で、1歳か2歳だった下の妹が溺れることがあった。
洗い場よりもずっと高いところが浴槽の縁で、しかも浴槽は深かった。
洗い場でうつむいていると、縁につかまってお湯の中で立っている妹は見えなかったと思う。
私は、妹が溺れるかもしれないことがわかっていて、妹が溺れたら、シャンプーしている母親に知らせる役割を担っていた。
母に知らせるのが遅れたら、妹が溺れ死ぬかもしれないという怖さがあった。



どの出来事も、母にとっては、なんということもない出来事だったはずだ。
だから、平然と繰り返し、尾ひれをつけて人に面白おかしく話す格好のネタにできたんだろう。



私は、その中で、恐いということを母に取り合ってもらえなくて、恐怖をどんどん膨らませていったのだと思う。

ほんの些細な事を予測しては怯え、母の口から人にさらされることへの不快は、こんなところから始まったんだと思う。

思い出してみると、始まりはそんなに重大ではなかったんだなと思う。
それを大きく膨らませて育ててしまったようだ。

その時、恐かったことをわかってくれる人がいたら、この年まで引っ張って、トラウマチックな記憶にはならなかったのかもしれない。


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00:17 過去回想 | コメント(0) | トラックバック(0)
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